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2016年10月15日 (土)

結局優秀なのは

 長州出身と抜かし、私的感情で首脳会談の開催地を決めるポンコツ脳を頭目に据える我が日本だが、この調子では2020年の東京五輪(小池は返上するために知事になったようなものだ。森元と安倍の息の根を止めろ)まで、国の財政がとても持たないということである。
 高級官僚どもは既に海外に資産を移しているのだろうが、つい先日中国、南アフリカを巻き込んだ大規模ネットワーク詐欺をやらかしたヤクザを愛する(特に安倍)ヌッポンが、財政破たんした日にはそんな資産が無事で済むとはとても思えない。クリントンは直ちに資産封鎖を発令し、安倍の子分である革新官僚の命脈を絶つであろう。
 仮にその破綻が2018年として、1945年からの新体制の寿命は73年だったということになる。前の体制が明治維新の1868年から1945年までの77年間、つまり薩長(薩摩は結局ハシゴを外されており、実質チョーシューonlyである)の作った体制は、寿命が80年弱ということになる。
 徳川幕府は約260年続いた。地方分権、そして地方政府は独立採算、各藩は特産物を造り、全国に輸出した。財政に疎い藩、また当時の農業技術から、悲惨な大規模飢饉も発生したが、これとて儒教べったりの官僚主義ではない藩は予め危機管理ができており、被害を最小限に食い止めている。
 チョーシュー大好きの人間は、「そのままでは英米の植民地と化したアァァァ」だとと寝言を繰り返しているが、明治維新のスポンサーはイギリスであり、実質その植民地になったのだから、チョーシューなんぞ威張れた義理にない。
 何より今我々が頭目に掲げている洋子さんちのボクちゃんがチョーシューの無能を象徴している。江戸時代、大名の取り潰し、内部告発による改易(筆頭部下が腹を切るというキチガイ儒教のおまけ付きだが) があり、無能は長くその地位に踏みとどまれない(無論例外はあるが)、今思えばチョーシューよりはるかに健全な自浄能力を擁していたのである。
 チョーシューが近代国家の継続に向かないと判った以上、地方分権、バラマキ禁止、インフレ・デフレ対策など、江戸幕府の理念に立ち返る必要があるだろう。
 それにしてもいつも思うのだが、熟語の返還(これもそうだが正しくは「変換」)には苦労する。日本語は母音・子音の乏しさから、同音異義語が多い言語らしいが、最早「欠陥言語」と烙印を押される(IMEの対応もひどいが)レベルではないだろうか。

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